マリーナ・ガスパリーニ Marina Gasparini
☆このインタビューは信濃大町あさひAIR主催のアーティストインレジデンスプログラム2016の一環として行われ、展覧会に合わせて制作されたアーティストブックに掲載されました。
マリーナ・ガスパリーニ Marina Gasparini
Interview
■信濃大町での滞在制作はいかがですか?
今回のあさひAIRの滞在制作で、私は初めて日本に来ました。空港についてタクシーでそのまま信濃大町に到着したので、大町で日々、日本文化を感じてとても刺激的な生活をしています。最初に興味をもったのは、大町市史に掲載されていた囲炉裏のイラストでした。その幾何学的な形に興味をもって、このイラストから、私の創作活動は始まったんです。
■マリーナさんは子供の頃、何をして遊んでいましたか?
私は5歳のころ、アフリカのナイロビに住んでいました。近所に3-4人、イタリア人の子供たちがいて、よく一緒に遊んでいました。絵を描くのがすごく上手な年上の男の子がいたので、負けたくなくて雑誌や絵本の絵を真似して描いて練習してました。ずっと絵を描いていた記憶があって、その理由はふたつ。1つ目は、上手に絵を描くとみんながほめてくれたこと。そして2つ目は、立体的なおもちゃの代わり。本当は着せ替え人形で遊びたかったんですが、可愛い人形がなくて、だから現実の延長線上に絵を描いていたんだと思います。
■なぜ、アーティストになったのですか?
絵が好きだったので視覚的な仕事には昔から興味を持っていました。アーティストというのは、他の人から呼ばれるものだと思うので、自分自身をアーティストというのは変な感じがします。私が学生だった70年代後半のイタリアは政治的に安定していなくて、様々な悲しいことがありました。だから70年代後半のアートはとても社会的だったんです。コンセプチュアルアートとか、パフォーマンスとか、アートと政治と社会活動が密接に関係していた時代で、手仕事が好きな私としては、最初はよくわかりませんでしたが、1981年に初めての展覧会をALEPH(アレフ)というディスコで開催しました。ラップやヒップホップ等の黒人音楽をイタリアに先進的に持ち込んだ刺激的な場所で、私にとって社会との接点でもありました。今考えると、アートを続けているきっかけは、その時だったのかもしれません。
■今回のマリーナさんの作品について教えてください。
今回の展示は、囲炉裏をイラストどおりに白い糸で巨大化した作品「囲炉裏/稲荷」と、ワークショップでおたふくのお面を模ったピンクマスクに自画像を縫い込んだお面を使用したパフォーマンス作品「Riso Rosa Blessing」、そして全体をまとめた「狐と宝」という3つの作品で構成します。
私は制作過程を大切にしています。大町に来て、囲炉裏の幾何学的なイラストと出会って、囲炉裏の象徴的な意味、火、一緒にいること、家庭、などから連想するモノづくりのプロセスを楽しみたいと思っています。今回のテーマである「時・水・稲作」もその最初のテーマです。例えば、お米を意味するイタリア語のRISOには、同時に笑うという意味があります。西洋式の結婚式でお米を新郎新婦に向かって撒くのは、食べる事に困らないように、という意味のある儀式的な行為です。そこで、笑顔の仮面であるおたふくに注目し、ピンクの糸で自画像を描いてもらうワークショップを行いました。
おたふくのお面をつかっていてこんな事をいうのも変なんですが、私は実は仮面が嫌いなんです。私が住んでいたベニスでは16世紀から冬に仮面をかぶって外を歩く風習があります。仮面をかぶっていると誰だかわからなくて、とても怖い印象でした。仮面をする行為は精神分析的な観点から言うと、キャラクター(人格)の「死」と繋がっていて、それが受け入れられなかったのだと思います。17世紀以後には仮面をかぶった犯罪が増えて法律で仮面をかぶることが禁止になり、現在では11月の2週間だけ、ベネチア仮面カーニバルという形でその歴史が残っています。色々考えた末、ピンクマスクをかぶってパフォーマンスを行うことにしました。
囲炉裏‐火‐家族‐時‐水‐稲作
お米‐笑い‐結婚‐仮面‐死‐パフォーマンス
私にとって、この連想ゲームのような制作プロセスは、一つの知的な作業なんです。私は知性には2種類あると思っていて、ひとつはゴールに向かって一直線に進む理性的な効率重視の知性、そしてもう一つは家庭的で直観的なプロセス重視の知性です。テキスタイル(織物・布)とテキスト(文)は、様々な要素を織り込んでいくという意味で同じ語源を基にしていて、縫うという行為には、その時間を楽しむような瞑想的な知性があります。
今年の4月にミラノトリエンナーレというテクノロジー(科学技術・工業技術)デザインの祭典に呼ばれたんです。そこで私の作品が手仕事のエリアで紹介されて、記者の一人が「編み物がテクノロジーだってさ」と笑っていたのが印象的でした。縫うという行為は基本的なテクノロジーですし、現代の根本的な課題として、道具を使うのか、道具に使われるのが、ということがあると思います。ITがいくら発達しても、それを活用する人間が育たなければ、本当の創造性は生まれないんです。ワークショップで、小さな子供が縫うのにすごく集中していたんです。IT世代の子供たちが退屈せずに縫う作業を楽しんでいるのが、すごくうれしかったです。
■大町の皆さんに一言お願いします。
大町に来て、人々がとても親切で驚いています。親切さや優しさによって他人と関係する日本文化に感銘をうけました。日本人が親切だという事は世界的にも有名ですし、ステレオタイプな認識しかしていませんでしたが、大町で実際に体験して、お互いの親切さで社会が持続されている文化は世界的に見ても多く残っていないように思います。それはとても深い人と人の関わり方だと思いますし、それを教えてくださった大町の皆さんにとても感謝しています。
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マリーナ・ガスパリーニの魅力は自由さである。
彼女は、テキスト(言葉)とテキスタイル(織物)という言葉の類似性に着目する、言葉遊びが大好きなアーティストだ。普通、言語は世界認識をどのように「分類」するかによって体系化される。それを彼女はなにかが「分かる」一歩手前で方向転換し、勘違いも許容して次のきっかけをひらめきながら、創作行為を続けている。正直、連想ゲームのような彼女の発想に、僕は度々話している内容を見失った。しかし、AIR2016共通テーマのひとつである「稲作」から、お米のイタリア語であるRISOが「笑う」という意味を持っている事から連想して、日本の笑うお面である「おかめ」に興味を持ち、お面の持つ匿名性をきっかけに、立体的な自画像を縫い込むという行為へと向かっていく彼女の制作プロセスは、独特に面白い。
そして彼女の本質的な魅力は、手仕事にある。固定概念にとらわれない自由な発想が、糸を縫い、編み、硬化させる手仕事に没頭することで、無意識的に整理されたのだと思う。地域住民の自画像が縫い込まれたお面をつけて行ったパフォーマンス「Riso rosa blessing」には、彼女が滞在中に感じた様々なキーワードを貫くように、竃神社の境内を異空間に変えた。その2つの側面:テキストとテキスタイルを行き来する彼女のスタイルによって、糸で描かれた囲炉裏が空中に浮かぶ展示空間は、自由な発想と手仕事の暖かさに溢れていたのだ。
コーディネーター 佐藤壮生
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マリーナ・ガスパリーニ Marina Gasparini 1960 イタリア
イタリアのガビッチェ・マーレに生まれ、ラヴェンナ美術アカデミーを卒業。画家として作家活動を開始し、90年代よりテキスタイルを用いた新しい表現方法を確立。日常の発見をテーマに、テキスタイルを用いて住空間と言語によるインスタレーションを制作。個展やグループ展に多数参加し、近年はミラノ・トリエンナーレやポーランドのテキスタイル中央博物館で開催されている国際タペストリートリエンナーレに出展。ヴェネツィアの美術アカデミーでの教職を経て、現在はボローニャで教鞭をとる。
Marina Gasparini
Born in Gabicce Mare and graduated from the Academy of Fine Arts in Ravenna (Italy), her installations focus on practices of everyday life. Her work has featured in a great number of both solo and group shows, currently in Triennial Design Museum Milan and International Triennial of Tapestry in Łódz Central Museum of Textiles, Poland. She has tought in the Academy of Fine Art in Venice and now in Bologna and has held workshops including : Mapping Salamanca Universidad de Salamanca, Spain; Archiscapes Oulun Taidemuseo, Finland; String potrait, Civic Art Center Galesburg Illinois; Alfabetlante, University of Lisbon and Mimar Sinan University, Istanbul.